「なんでよ――私たち、今日会ったばかりなのよ!? そんな、身をていしてとか、そんなことある関係じゃ……」
いのは、自分の言葉を思い出した。
「私が、お願いしたから……なの?」
なにも考えずに言い放った言葉。
思い出す。
あのときナルトはうなずいた。そのとき、もうこうすることを考えに入れていたのだろうか?
「わからねぇよ、そんなこと。あいつがなに考えてるかなんてな、オレたちにはわかんねぇよ……わかってんのは、ここにいたってオレ達にできることはねぇってことだけだ」
無表情だったから気にならなかったけど、最初からナルトは命懸けだった。弁当を蹴ったときだって、見向きもせず襲いかかってきていたら、一番危険な位置にいることになったのにためらいはなかった。
「………………じゃない」
自分は、湖に飛び込めば安全だったというのに。
「置いていけるはずないじゃない……私、追い掛けるわ!」
いのは、そう宣言すると来た道を戻りはじめた。
「だから、足手纏いだって言ったんたよ! もしかすると無事逃げ延びてるかもしんねぇのに、犬死にするつもりかよ!」
シカマルが呼び止めるが、
「あんたたちは先に帰ってなさい。私はちょっとバカを引きずってくるから!」
いのは止まらず、くノ一クラス最速の脚力で遠ざかっていき。
「ったく、放っとけるわけねェだろーが! 行くぞ、チョウジ!!」
「僕、食われるのは嫌だよー」
「いのが食われちまってねいーのかよ?」
「わかったよォ、僕も行くよ~。でも、ナルト君見つけたらすぐ逃げよーね」
「それでいーから、さっさと走れ!」
それを追い、男二人も走りだしたりして。
けっこうな浅はかさ――いや、若さがあったとさ。
〈宿主よ、良いのか?〉
脳内でタマモが問うた。彼女には、こういったことを多く見てきたがあまり理解できない。これが、まだ、つがいならわかる。子種を残そうとするのは本能だから。だけど、ほぼ初対面の人の子を逃がすためだけに命を賭けるということには理解を示せない。
「構わない――これがオレの忍道だから、な」
木々の枝を伝いながら、ナルトが答える。声に出さなくともいいのだが、そこらへんは気分とかそういうものだ。
〈ほぅ、初耳じゃな。宿主の信念とは、忍道とはどのようなものじゃ?〉
興味をそそられたのか、楽しげにタマモが尋ねる。
それに珍しく――ほんとーに珍しく――ナルトが小さな笑みをこぼして、
「狐にはわからぬほどご立派な忍道だ……『寝言は言わない』、だな」
「はて? 有言実行にしては変わった言い回しじゃの」
疑問を覚えたタマモだったが、その質問をしたことを後悔した。
ナルトが昏い輝きが灯った目で、
「滅ぼす価値もない寝呆けた奴らばかりだ、木ノ葉は……」
ぞっとする、低音ながら抑揚のない口調で呟いたのだから。
恨みとか憎しみとか、そんな一線を越えていて。
陽光を飲み干すような闇があった。
それはナルトに精神世界に住まうタマモらに謙虚に影響し、極寒の真空に放りこまれたイメージを与え、侵食しかけた。
だけど、それは一瞬だった。
「根腐れしてないのは貴重だからな。オレから約束を破ったりはしない」
けっこう言ってることは微妙だったが、ナルトの気配がいつものに戻った。
ほっ、っとタマモは一息つくと、言っておかなければならないことを告げた。
〈いつものことじゃが、宿主が遊んで壊したから、九尾は使いものにならぬ。それを期待していたならダメじゃからな。儂とて修復に忙しい、チャクラは回せぬぞ〉
ちょうど、昨晩は満月。
ナルトがつい狂わせてしまったため、タマモはタマモで忙しかった。そうなると封印式を利用したチャクラの吸収は不可能になり、戦力はダウン、ナルト単体で闘わねばならなくなるのだ。
「案ずるな。最初から、狐には期待していない」
と、ナルトは失礼なことをさりげなく言い。
「人一人食えば、虎とて満足するはずだ」
さらりと洒落にならないことを言い放った。
〈案ずるとこありすぎじゃわ、このボケナス!〉
とまぁ、心配になるような会話があったが。ついに、
ぐるる! 元凶のところに、ナルトは到着した。
喉を唸らして、王虎は歓迎の雄叫びをあげたとさ。
王虎は獲物が飛び込んできたことに喜び、すぐさま飛びかかった。
瞬発力は、比較にならないほど王虎が勝っていた。ナルトが牽制に投げ放った起爆符は、爆ぜることなく暴風のごとき爪に切り裂かれ、紙屑と化す。
望んだほどの時間は稼げなかったが、その隙に、ナルトは跳躍した。大樹を獣顔負けの速度で登り、クナイを構える。
獲物を追いかけ王虎が登ってきたところに、
「はっ!」
クナイの雨を振らす。
投擲の力、重力、王虎の勢い。これだけの要素を兼ね揃えた攻撃だったが……あっけなく王虎の毛皮に弾かれる。
毛皮に遮られたというより、尋常じゃない柔軟性と剛性がある筋肉に。自前の鎧に守られた王虎に飛び道具は通じなかった。せいぜい毛を短くしたというだけだ。眼球でも狙えれば効果的だろうが、王虎ならクナイを見てからでも楽々と躱してしまうだろう。
それだけ、スピードに差があった。
ある程度の覚悟はしていたが、まったく傷つかないというのはナルトにも予想外だった。それでも迫る王虎から逃れるべく幹を蹴って、隣の木に跳び移る。それを追う王虎まで宙に舞い、命懸けの立体追いかけっこが始まった。
これも、ナルトには想定外なことだった。
ナルトにしては、王虎の重量では乗り移れないような枝を伝いつつ、湖まで誘導していく。そうやって水中に逃げれば追ってこない、そのときにはとっくに三人は里に戻っており、中忍以上による討伐隊が組まれるまで待てば、どうにかなると思っていた。
だけど、どういった手品なのか、王虎が乗っかってもちっぽけな細い枝は折れなかった。もしかするとチャクラコントロールを本能でやっているのかもしれない。とにかく、湖に誘導するような余裕はなく、ひたすら必死で逃げまわるだけ。
「厄介だな」
とにかく回避に集中しながらも、状況を打破する術をナルトは思案する。
はっきり言って、ナルトの手札に忍術はない。体術オンリーという戦闘スタイルで、剛拳と柔拳を織り交ぜることにてどうにかやってきたが、王虎にたちうちできるような都合のいい技はない。
捨身を覚悟すれば、そりゃ手足の一本をもぎとるのは容易い。しかし、間違いなくカウンターの一撃で爪に裂かれ、あの世逝きになってしまう。それは、最後の手段だ。
「手詰まりだ、な……っく!」
そこで、ナルトはミスった。
思考に意識を割いていたため、王虎の引っ掻きを左腕に受けてしまったのだ。勢い良く、血が噴出する。
がおう! さらに、王虎の牙が迫る。
ちょうど次の木に着地したところだから、覆い被さってくるような王虎が邪魔になる。これまでのように跳んでは躱せないから、足裏のチャクラを滑らせ、木の裏側にまわりこむ――が、
「…………!」
大樹ごと、左足に爪痕が刻まれた。
……死ぬ、かな?
脳裏に、記憶に残る死神が蘇った。
チャクラを包帯のように巻き付け止血したもの、一瞬だけで、子供の身体には多すぎる出血をしてしまった。痛みこそ麻痺させているが、酸素不足で脳がクラクラと揺れる。
チャクラは乱れ、幹を掴む力は失われている。
このまま地面に叩きつけられることはなく、一足早く着地した王虎の牙でチャッチされるだろう。
死ぬことになると、ナルトは事実を黙って受け入れた。
――なのに。
「ったく、いきなりかよ――影真似の術!」
聞こえるはずのない声が、諦めたナルトに聞こえた。
槍のごとく大地を奔った影が、王虎の影を貫いた。
ぎしっと、そんな音を響かせながら動きを止めた王虎。だが、暴れ狂い、それに呼応するように影も揺れる。
……知らない術だが、金縛りの術に近い捕縛系だな。あいつぐらいのチャクラでは長持ちしない。
そのことはシカマル本人が一番知っている。
歯を食いしばって、とにかく純粋な力の嵐を閉じこめ、そこに釘付けにすることだけを考える。
それでも、三秒とて持たせれず、術が解ける。
――そこで。
呪縛から放たれ動きだした王虎を、茂みから飛び出してきたぶよぶよとした肉の塊のようなものが襲いかかった。
「木ノ葉流体術、肉弾戦車!!」
肉の塊――チョウジは猛烈な回転をプラスしたアタックを、王虎の横っ腹に喰らわせた。それは毛皮と柔軟な筋肉に跳ね返されたが、それでも王虎の体勢をぐらつかせた。だが、それだけだ。
……こういった攻撃は、自分より重たい相手には効かないな。
珍妙な特攻をしたチョウジは、反動を利用してゴロゴロと転がって王虎から離れていく。
その合間に、王虎からナルトをかっさらった少女がいた――いのだ。
「黙っていくから、こんな怪我すんのよ!」
血だらけのナルトをお姫さまダッコするように持ち上げ、いのはシカマルのところまで運んだ。
……だから、どっから涌いてくる?
ナルトは考えたが、わけがわからない。
ただ、不思議と気分は悪くなかった。
「で、シカマル。どういうつもりだ?」
ポンといのの手を叩き、ゆるんだ腕からナルトは抜け出した。片足だけだが、充分に鍛えられた足腰で立つぐらいは造作もないらしい。
責め立てる口調のナルトに、シカマルは顔をしかめ、
「どういうつもりもなにも、うちのお姫さまはわがままでな。ついてくるしかなかっただけだ」
とりあえず弁明したが、
「口を滑らしたな、バカシカ」
馬鹿鹿呼ばわりされ、少しだけシカマルがへこむ。
次に、いのを見据えたナルトだったが、
「あんたねー、馬鹿じゃないの! こんな事されたって、私たちが嬉しがるはずないじゃない。そんなへなへなした根性してるから、ナルトなんてマヌケな名前なのよ!」
逆に怒鳴りつけられ、ちょっぴり心が傷ついた。
それは、さておき。
王虎は新手を警戒して襲ってこなかったが、もう見極めたのだろう。
たいしたことない相手と判断したのか、すぐに巨体で体当たりしてきた。
「えっ……ちょっと……」
「ちぃ、いの!」
「死ぬかもしれないが――」
王虎の巨体に突っ込まれ、それを避けた三人だったが――分断された。ナルトとシカマルはチョウジのいる左側に、そしていのは一人だけ右側に。迷うなくことに王虎は孤立したいのに飛び掛かり、
「まぁいい、飛べ! チョウジ――うずまき流体術、贅肉砲弾!!」
「えぇ!」
ナルトに掴まれ、無造作に投げ飛ばされたチョウジに吹っ飛ばされた。とっさに頭と四肢を肉に埋め込ませたチョウジは強力無比な弾丸となり、王虎が反応できぬほどの高速で激突したのだ。
「……もう、ダメ…………」
バウンドし空中にいるチョウジはそれだけ言うと気絶した。もちろん倍化の術は解け、もとのぽっちゃりとデブの境界線な身体に戻る。そのまま地面に叩きつけられるが、あの脂肪の鎧があれば大丈夫だろう。
デタラメな怪力を見せ付けたナルトだったが、その反動で、怪我をしている左足から血が流れ落ちている。チャクラの包帯とて、あれだけ無茶な動きをすれば役にはたたない。もうトータルの出血量は危険なところまでいってしまい、ナルトの顔色はかなり悪くなってしまっている。
「ナルト、チョウジ、ありがと。助かったわ」
それだけの尊い犠牲によって、いのは木々を回りこんで合流できたのだが……情況は悪い。もう逃げることすら危うく、戦力なんて0に等しい。満身創痍というか、万が一にも王虎に唯一ダメージ与えられる可能性があったナルトが足を怪我したときから、もう王虎は倒せないと決まっていたのだ。
そんなことはシカマルもわかりすぎるぐらいわかっているが、それでも必死に頭を働かせるが、攻撃力が足りなすぎる。
「ちぃ、どうする――!? 策なんかねぇぞ」
「終わった」
うめくようなシカマルに、ナルトが冷徹に告げる。
「不吉なこというなって」
シカマルの言葉に首を振って、違う、と前置きしてからナルトは言いなおす。
「準備が終わった――反撃のな」
しばらく聞いた言葉を頭を繰り返したシカマルだったが、ややして理解の色が瞳に浮かんだ。
「オレは、どうすればいい?」
聞くべきことは、それだけだ。
どういった手かはわからないが、論じてる暇などありはしない。全面的に任せるしかない。あとは、どういったバックアップが好ましいかだけ。
「あの動きを封じる術、また出来るか? 一瞬でいい」
「いや……もうチャクラ空っぽだ」
影真似の術は、とにかく始動させるときに一番チャクラを喰らう。それまでの相手の動きを止め、影を介して支配しなければならないのだから。さっきは不意をついたから抵抗は少なかったが、残り少ないチャクラでは精神防壁を突破するのは不可能。
たがら素直に答えたけど、
「大丈夫、できるわよ。こいつにやらせるわ!」
勝手に、いのが承諾してしまった。
無茶なこと言うなって、とシカマルは言おうと思ったが、いのの顔を見ると一つだけ思いついたことがある。
「って、あの術かよ、いの? 成功したことねぇだろ……とか、言える状況じゃねぇよな。しゃあねぇ」
「こんなとき考えることっていったら『生き延びたい』だけでしょ。なら、成功するわよ絶対!」
そんな会話で成功率は低そうだとナルトにもわかったはずだが、
「任せた」
信じることにした。
愚かだけど、信じるに値する。そうナルトは思えたから。
ナルトの言葉に、シカマルは印を組み、またなぜか、いのも印を組む。
いのがシカマルの背中に立ち、後ろから心臓があるあたりを手で三角をつくって囲むという奇妙な印を見せる。
その印を勢い良くシカマルに叩きつけ、
「心通身の術!」
集中のための文句を唱え、精神エネルギーを流し込む。シカマルはそれを受け取り、自分の身体エネルギーと混ぜ合わせ、チャクラを練りあげる。そして結びおわった印に集中し、術を発動させる。二人が違うことを考えていたら成功することがないのだが……、
木々の影さえ奪い取り、伸びた二人の影が王虎を捕らえる。
げるぐ! 王虎は同じ手は喰らわないと、雄叫びをあげ抵抗するが……二人分のチャクラには抵抗できず、膝をついた。
そのとき、なぜかナルトの手にはミカンが現れ――乱回転するチャクラが皮の中をジュースにしていたりして。それをナルトは、怪我していない右手で振りかぶって投げた。
皮だけミカンは動けない王虎の顔面に激突して、飛び散った果汁の飛沫が鼻や眼に染み込ませ、それで王虎は、
グルオゥアオ!! と、悲惨な断末魔を残して逃げたりして。
「うずまき流奥義――蜜柑味螺旋丸、だ」
べつにカッコイイわけでもない台詞をナルトが言って。
「なんか、急に疲れてきたんだけど――助かったって喜びがないわよね」
「おいおい……しまんねぇ終わりかただな」
チャクラを搾り出して疲れ果てたシカマルといのが、なんか白けた目でナルトを見ていたりするが。
とりあえず危険は去ったとさ。
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