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「で、今日はいったいなんの実験にきたのさ」
「いやあの、話するんじゃねぇの……?」
「先に済ませちゃおうよ。こんなの」
ライルはときたまこういう冷たい声になる。
機嫌の悪いとき。
俺にだけ。
貴族社会の人付き合いっていうのは笑顔という仮面を被ることが多い。
けれど、いつだってニコニコしているわけにはいかないので笑顔のまま「不愉快」「不機嫌」を表現することが出てくる。
すべてを受け入れているだけじゃいつかやられてしまうから。
そういうときの不機嫌アピールは、状況にもっとも合うように調整された演技の入ったもので。
なのに。
着色料のない、まっすぐな意思表現を向けてくる。
俺にだけ。
それがこそばっしくてときにぬくい。
「――ずいぶんと無駄の多い刻印だね」
手に取っていた木片を10数えるほど眺めていたライルがぼそっと言った。
普通はそんなにはやくは構文を把握できないんだが。
専門家ならともかく、貴族御曹司のライルは魔法開発なんてまったくしないというのに。
それは俺とは異なるけれど天才の証。
「わかるか?」
ときたま俺はその才を試したくなり――
「これってアレだよね。
魔法は刻印の構文にないことは引き起こせないけど、構文のうちのいくつかを無かったことにはできるっていう性質を使ったやつでしょ。構文を理解できないままに魔法を使おうとしたら、うまくイメージできず、構文の一部にパスが繋がらないまま発動、失敗するってやつ。その性質を利用しようっていう実験。たしか、レアな複数用意できない素材で、複数の刻印を刻んで、使いたい魔法以外は意識から外して発動させないっていう、本来マジックアイテム一つにつき魔法一つの原則から外れる裏技があったはずだよね。けど、たまにうまくいかなくて暴走するっていう報告例があったよね」
ライルはくるくると木片を弄び。続ける。
「今回リセンのやってみたのは、雛形に使いそうな追加構文を加えといて、そのときそのときの思考制御で使用するオプションを選択するっていう試みかな? これまでに何人もの学者が研究してきて、安定しない、暴走することがあるって実用性はないと判断されたやつ。それを自分ならどうにかできると試してみた――と。
工夫の目玉は、暴走を前提とした構文同士の相性を微調整していることってとこかな。全パターンの組み合わせを考慮して、オプションをいくつも掛け合わせたってどんな掛け合わせかただって一応は発動するようにしている。ベストにはならないし、ベターにもならないけど、ワーストにだってならない――≪クロスボウ≫のように発射までの時間がかかるっていうデメリットを持つものは、間違って追加したとしたってあとから思考制御でキャンセルできるようにしてある。難点は、完全に思いどおりに魔法を発動するには相当な習熟がいることと、慣れるまでは誤動作させるたびに余計に魔力を消費すること。
メリットは、持ち歩くマジックアイテムを減らせること。そして、一度目とは違ったオプションを二度目以降つけることで、相手の意表をつくことができるってこと。そのくらいだろうね」
――そのたびに打ちのめされる。
「『我、双子の矢を射る』――≪マジックアロー≫」
空中を疾走する矢を後追いするかのように新たなる矢は現れる。
「『我、熱波の矢を射る』――≪マジックアロー≫」
突き刺さった地面に穴は穿たれず、代わりに、じゅぅっと熱気が立ち上る。
「『我、矢を射る。疾くの壱、潰しの弐、破裂の参』――≪マジックアロー≫」
加速しつづける矢はその運動エネルギーのすべてを地面にぶつけ、盛大に土煙を巻き上げた後、爆発した。
連続して放たれていく様々な≪マジックアロー≫たち。
それらの魔法を行使しているのは、俺――ではなくにライルだった。
これは通常ありえないことだった。
普通だったら、構文に込められている意味を理解して、それに沿った魔法をイメージできるようになるには。
新しい魔法を習得するには、だいだい2週間から3カ月ほどの月日を必要とするのだ。
俺のように自分で構文を組んで刻印を作成できる術者は、理解もクソもないので、すぐに行使できるが。
それでも他のやつが作った魔法を覚えようとしたら数日は欲しいもんだ。
だというのにライルは実験用の新術を見て、とくに説明を受けることのないままに数分で使えるようになっていた。
でたらめのほどの才覚。
俺が魔法を作ることの天才ならば。
ライルは魔法を理解・習得することの天才だった。
そして、ライルの魔力保有量は貴族らしくAA――俺はB。
魔力の制御技能だってほぼ俺と遜色がないレベルだが、正確に言えば、俺がちょい負けている。
つまりは、俺がどんだけ心血注いで開発してきた魔法だろうと俺よりライルのほうがうまく扱えるのだ。
「――僕だってさ、リセンがそのまま執事の後を継ぐだなんて思っていなかったよ」
金属鎧を30は破壊できるほどの攻撃魔法を連発しながら息一つ乱していないライルは、静かに話を切りだした。
「……そんなにわかりやすかったか?」
「うちの親戚がきたあととか、不機嫌になっているのが見え見えだったからね。
普通の子供だったらそこでイタズラの一つでもするのに、リセンはそのときだけは完ぺきに使用人に徹するもんだからさ……笑っちゃったよ」
「ンなことを言うなよ」
昔を懐かしむかのように目を伏せる俺の幼なじみ。
「だからさ、執事になるとは思っていなかったけど――
だからといってリセンと離れ離れになることなんて思ったことはなかったよ。君はうちお抱えの研究者にでもなって、ずっと傍にいて、僕の魔法を作ってくれているものばかりと思っていた」
使用人の息子という、ある程度自由な立場にいて魔法を開発する天才たる俺。
名門貴族の跡継ぎとして、スケジュールはびっしりと埋まっているけど魔法をコピーする天才たるライル。
「なにか言いなよ。それとも言えないの?」
思えば、俺はスリランサー家のライルという英雄を手助けするために産まれてきたのかもしれない。
もうすぐ――あと10年立たないうちに戦乱の時代がやってくる。
そのときにライルは頭角を現すだろう。
この国を背負い、戦い、そして勝つことだろう。
俺の能力はライルをサポートするためだけに与えられたのだとしか思えない。
だとしても、俺は……
「ライル。聞いてくれるか?」
「聞かせてよ。リセン」
俺はすべての思いをぶつけることにした。それが別離を――ライルを捨てると言うことを意味していると知りながら。
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